あけがらす


 沖田は縁側に寝そべりながら、隊服のポケットの重みが気になって仕方がなかった。
 そこに収まっている携帯がいつ鳴るかと思うと、陰鬱な気持ちになる。

「沖田くん、後日連絡するよ」
 恰幅だけはいい幕府のお偉方。顔の細部の記憶はおぼろになってきたが、シルエットの不快さは忘れない。たるんだ顔で笑いかけてきて、大層気持ちが悪かった。

 それもこれも、先日の接待の席に、なぜか沖田も一緒に連れて行かれたことから始まった。近藤は断ろうとしたが、是非にとの声に断り切れるものでもない。
 嫌々参加した宴席で、たるんだ男は沖田の隣でニヤニヤ笑い、べたべたと触ってきた。この上なく不愉快だったが、近藤が困るので耐えた。そうでなかったらこんな気持ち悪いオヤジ、殴って速攻帰る。
 散々なハラスメントの挙げ句、そいつに新品の携帯を持たされた。
「君が持ってなさい。捨てたり、電源を切ってたりしたら……わかってるね」
 吐き気が最高潮に達したその時、近藤が上座でお開きの了解を取り付けてくれた。
 近藤は携帯には気付かず、沖田がべたべたされたことだけを悔しがり、何度も謝ってくれた。
沖田は言い出せないまま、謝る必要なんてないと近藤を諫め、帰路についた。
「これって、連絡きたらどーなんのかな」
 気持ちの悪い携帯を取り出して、眺める。
 連絡が来たらどうなるかなんて、そんなことは簡単に予想がつくのだけれど。
 そうなったら、自分は何と答えるのだろう。
 たるんだ男に、何と言うのか。

 近藤の笑った顔を思い出す。

 何と答えたら最良の選択になるのか、分からない。
 けれど、あの人が困るのが一番ダメな選択だ。それは分かる。
 それならば。
 色々考えて、頭が痛くなる。
 吐き気もしてきた。

「めんどくせェ……」

 多分答えるべき言葉は一つしかないのだろう。
 選択権はないのだから。
 答えてそれからどうなるかは、もう考えたくなかった。
 わかりきっていることをシミュレートしても、ますます不愉快になるだけだ。

 もう考えたくない。
 ごろりと仰向けになった。
 見慣れた天井が、やけに近い気がする。
 目を閉じた。
 脳裏では、たるんだ男のシルエットがますますぼんやりしてきて、黒く溶ける。
 どうせ腹を括らねばならないなら、携帯が鳴ってからにしよう。
 それまでは自由なのだから。

 傍らに置いた携帯にこつんと手が当たる。
 沖田は目を閉じたままそれを掴み、部屋の隅へ向けて放り投げた。




20090825 itsukiyo


× close