「・・・とっつァんって、他に連れてくる女とかいねーんですかィ?そんな寂しい人でしたっけ」
「うるせェな、沖田。小僧は黙って食えや」
「だって、こんな高級料亭に小僧の俺なんか連れて来てどうしようっていうんでィ」
「あ、それ物凄く高い鮑だから。ホントに凄く高いから。ちゃんと噛んで食べなさい」
「そうなんですかィ?そいや、うめーし」
もぐもぐと口いっぱいに頬張って食べている沖田を見て、松平は満足気な笑みを浮かべた。
時折こうして沖田を真選組から連れ出し、沖田のような一介の警察官(しかも若造)には敷居が高すぎる店で美味い物を食べさせる。
高級料亭での会食は松平の道楽だった。
以前は気に入りの芸者や行きつけの店の女ばかりを連れて行ったものだが、近藤らを幕府直属に取り立ててやってからは、そのむさ苦しい集団の中から沖田だけを呼びつけ、同席させることが多くなった。
「とっつァん、酒」
沖田が指さす。
徳利は既に空いていた。
いつもより盃が進んでしまったようだ。
沖田は酌はしないくせに、こういう事には敏感だった。
本来なら細やかな配慮が行き届く店にも、事前に世話はいらないと告げてあるので、松平ともあろう者がいつも手酌だ。
別に構わなかった。沖田に酌をさせたくて呼んでいるのではない。
「俺、言ってきてあげやしょーか?」
小首を傾げて、にっと笑い、町の定食屋で奥に注文してくるのと同じ調子で言う。
「とっつァん、まだ飲むでしょ?」
大きな瞳をこちらに向けて、聞いてくる。
酒のせいも手伝ってか、松平にはその姿が、どこまでも無垢に見えた。
会食に呼びつけると、当初は訝しげにこちらを盗み見るばかりで、警戒心を解かなかったものだ。
しかし、松平が真選組を庇護下に置くことが揺るぎなくなってくると共に、沖田も徐々に松平に心を許していった。
あれから何年たつだろう。
真選組を結成させた時、沖田はまだ少年と言える年齢だった。
渋る松平に、近藤が剣の腕は最強だからと説き伏せた。
その剣筋を確かめると、確かに尋常じゃなかったので驚いた。
使えると思ったので許可したが、しかしその剣の強さに危ういものを感じてもいた。
人を殺す仕事をするために、尋常ならざる決意を持って江戸に出てきた子ども。
その時松平の胸が痛んだのは、沖田が娘と同じ歳だったからだろうか。
それ以来、たまに沖田を連れ出し、飯を食わせては少しずつ距離を縮めている。
「とっつァん、いらないんですかィ?」
松平がろくろく聞いてないと思ったのか、沖田は口を尖らせて言う。
連れ出す回数が増すごとに、沖田の子どもっぽい仕草を目にするようになった。
松平はそれに満足していたが、一方で、この子どもの背負うものの重さと、年相応の無邪気さの相反することを切なく思った。
「ああ、飲む」
「じゃあ俺、奥に」
「いい」
「えー。だって」
「呼んだら来るんだよ、こういう所は」
個室の入り口に向かって声をかけると、簡単に仲居が来た。
追加を頼んで沖田の方を向くと、驚いた顔をしている。
「すげー!」
「ああ?」
「とっつァん!呼んだらすぐ来るなんて、すげー店ですねィ」
何度も連れてきている筈なのに、贅沢に慣れないのか、単純に喜んでいる沖田に苦笑いした。
「いいから、もっと食え」
「へーい」
再び、高級懐石をもぐもぐと食べ始めた沖田に目を細める。
とりあえず、この子どもが美味い飯を食っているということが、松平をなんとなく安心させた。
「腹一杯食って、もうちょいデカくなりな」
「ふぁい」
口に頬張ったまま答えた沖田の顔が、あまりに幼かった。
ちくり、と胸を刺すものに気付かないふりをして、松平は次の酒が来るのを待った。
20070924 itsukiyo
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