ガンガンとテーブルに振動が響いた。
ガンガン.....いや、ガツンガツンと言った方がいいのか。
いや、ゴンゴン、もしかしたらゴツンゴツンかもしれない。
などと土方がいらぬことを考えている間に、その音はドカンドカンズガンズガンといったような、甘味屋のテーブルの上で発せられているとは到底思えない剣呑なものになってきた。
「総悟、お前いい加減にしとけよ」
「だって土方さん、これ堅くて」
土方の正面に座った総悟は真剣な面持ちで言った。
「絶対に一口サイズにしてみせますぜ」
そう言うと、先ほどの作業を再開する。再びガツンガツンと振動が響いた。
「いくら堅いからってよォ......」
土方はため息をついてその光景を見守る。
総悟が真剣に取り組んでいるのは、三色アイスに突き刺さっていたビスキュイを、何とかして一口サイズに割る、という試みであった。
この店のビスキュイは信じられないほど堅い。
大きさは笹かまぼこくらいであろうか。一口で食べるには大きく、できれば割って2〜3回に分けて食べたい位の大きさだった。
通常のビスキュイであれば、総悟は手に取ってボリボリ囓りつつ、アイスをのっけたりして楽しく食べたはずである。
しかしこれは堅かった。
噛めない。
割れない。
食べられない。
アイスにつっこんでいれば、水分を吸って柔らかくなるかと思いきや、いつまで経っても堅かった。
そうこうしているうちにアイスを全部食べてしまい、残ったのは堅すぎるビスキュイのみ。
そのまま残すことは甘味ファンとしての名折れ、つまり負けであると判断した総悟は、なんとかしてこれを割り、そして食すことを決意したのであった。
割るといっても、テーブルの上には小さなスプーン。
総悟はとりあえずこれを使用して問題の解決に挑んだ。
そして、この音である。
スプーンの柄の方を使ってドガンドガンやっている。
先を使うと折れそうだからと柄の方を打ち付けていつのは総悟にしては多少知恵のついた行動かな、などと考えながら、土方は作業をしている総悟を見る。
少し上気した頬はばら色。可愛い唇をきゅっと結んで、一心にビスキュイを見つめる大きな瞳。
この派手な振動さえなければ、そのひたむきな姿は土方の胸を打つに十分なものであった。
いや、土方は振動と響き渡る破壊音などは次第にどうでもよくなってきた。
総悟の可愛い顔を見ていたらそんなもの気にならない。......そんな境地に達している。
可愛らしい顔と相反して、依然として破壊的な振動は断続的に続いており、店にとって迷惑なことはこの上ない。
通常ならば保護者的立場にある土方がそれを諫めるべきであるが、土方といえばこの体たらく。慈愛の眼差しで総悟を見つめている。
諌めるどころの騒ぎではなかった。
ビスキュイに夢中になっている総悟の可愛らしい顔を見つめ、胸があたたかいものでいっぱいになっていく土方であった。
「あれー。沖田くんじゃん」
ガツンガツンとビスキュイ割りにいそしむ総悟と、それを見守る土方の近くで聞き覚えのある声がした。
「あ、旦那ァ」
相互が手を止め。声のする方へと顔を上げる。
そこには万事屋の坂田銀時が立っていた。
相変わらずの力のない目つきに、だらしなく胸元をぼりぼりと掻く仕草。土方は嫌なものでも見るかのように、銀時の方を向いた。
「...何だよてめェ。何の用だ」
一刻も早くここから立ち去って欲しいとの念を込めて、土方得意のドスの利いた声で言う。
「あはは〜。俺甘いもの好きじゃん。甘味ファンじゃん。ここのアイス食べに来るなんざ日常茶飯事だから」
銀時はニヤニヤしながら、ちゃっかり総悟の隣に座った。
総悟は銀時の行動を迷惑がるでもなく、あまつさえ銀時が座りやすいように端に寄った。
銀時が「ありがとね、沖田くん」と言えば、「いえいえ旦那」と返し、ニコニコしている。
これは甘味ファン同士の連帯感なのか。
それとも土方の与り知らぬ所で、この二人は親交を深めていたのか。
土方は眉間の皺を深くし、派手に舌打ちすると、総悟とテーブルを挟んで座ったことを死ぬほど後悔した。
不自然でもいい、横に座るべきだった。くそ。
「だからって何でそこに座んだよ」
「だって沖田くんがなんだかすごく頑張ってるからさ〜」
「旦那ァ、だってこれ堅いんですぜ」
不服そうに唇を尖らせて言う総悟を見ると、銀時はとろけそうに笑う。
「そうなのよ。堅いのがウリなのよ」
「美味しいんですかい?」
「うん。食べると美味しいんだな、コレが」
途端に総悟の瞳が輝いた。不機嫌な顔をしつつも、土方は総悟の様子に釘付けである。
「マジですかィ!?......美味しいの、本当に?」
隣に座る銀時に顔を近づけ、ちょっと小首を傾げる。
期待に満ちた目で見上げる総悟の可愛らしさと、あまりの至近距離による眩しさで、銀時は目がちかちかした。
ちょっと、キラキラしてるんですけどこの子!
近いとダメージくらう位にキュートなオーラが出過ぎてるんですけどォォォォォ!!!!
心の叫びは、半分くらい声になっていた。
土方をはじめとする店内の人々の冷たい視線を浴びながら、銀時はただこの幸福を甘受すべく、総悟のオーラを少しでも長く浴びたいと願っていた。
「旦那はいつもどうやってコレ割ってるんですかィ?」
「俺?俺はココアに浸して囓るのが好きだけど」
なるほど、それなら柔らかくなる。
「クリームソーダでもいいけど、まあ好みかな」
甘いものを甘い飲み物に浸して食べるのか.....。
土方はげんなりしながらその味を想像した。甘味ファンにしかわからないだろう、その醍醐味。
しかしまあ、液体に浸せばこの堅い物体も咀嚼が可能になるだろう。
味はいい。味わいは甘味ファンに任せたらよいのだ。
「そうですかィ。旦那は液体に浸して食べる派なんですね」
総悟は納得したようだったので、土方も銀時も、総悟の次の行動はそれを浸す飲み物をオーダーすることだとばかり思っていた。
そしてこの破壊音活動は収束するものと思っていた。
飲み物頼んで美味しくビスキュイを食べて、めでたしめでたしだとばかり。
しかし、沖田総悟は背筋を伸ばし、次のように言ったのだった。
「でも俺はコレを割って食べたいんでさァ」
「.........」
「初めて食べるんですぜ。本来の味を楽しみたいんでさァ。ココアに浸すのは次回。今日は割りやす」
「あ、そう......」
総悟の決意はそのまま破壊活動の続行を意味した。
土方はがっくりと肩を落とす。
銀時は、そんなにがっかりするならお前が止めればいいんじゃないかと思ったが、総悟があんまりにも一生懸命なのと、ビスキュイの味を純粋に楽しみたいという甘味ファンの気持ちがわからないでもなかったので、放っておいた。
ただ、銀時もあの三軒隣まで聞こえてくる振動が再び始まるのは、ちょっとどうかなと思った。
思ったところだったのだが。
「これ、三つに分けようと思ってるんでさァ。俺と、土方さんと、旦那の分。割れたらみんなで食べやしょう」
総悟はにっこり笑った。
手には銀のスプーン。
ばら色の頬、潤った唇、長い睫が縁取る夢見る青い瞳。
「ね?」
午後の日差しを反射して、総悟のさらさらの髪の毛は動くたびにプラチナに輝いた。
「......て、天使......」
まったく気の合わない土方と銀時が、まったく同じことを同時につぶやいた。
ありがたい、いいものを見た。
これを眼福というのだろうか。
総悟の笑顔はまるでこの世の全てのダイヤと真珠を集めたように輝いており、息さえ止まるほど可愛らしい、と心中で絶賛している所も二人は全く同じであった。
「.......だから、土方さんも、旦那も」
天使の笑顔のまま、総悟は二人に向かい続けた。
「きっちり三等分できるまで、邪魔しねェで下せェよ」
言うやいなや、手に持った銀のスプーンで再びビスキュイに挑む。
響く破壊音。
揺れるテーブル。
どうして止めないんだ大人が二人もついていて!!と非難の目で見る店内の人々。
わかってるよわかってるけどこの子どうしてもコレ分けたいって!三等分したら俺らにもくれるって!だってこの子こんなに一生懸命じゃん!
そうだそうだ、元はといえばこの菓子がそこまで堅いのにも問題があんじゃねェか!?とりあえず早く割れろ、割れてくれ!!!
......様々な周囲の思惑をよそに、沖田総悟はその作業に没頭していた。
この堅いビスキュイがどんなに美味しいものなのか、期待に胸を膨らませながら。
その後、一向に割れないビスキュイにしびれを切らした総悟が腰のものを抜き放ち、空中に投げたそれを目にもとまらぬ早さで鮮やかに三等分した。
「はじめからこうすれば良かったですねィ土方さん」
などと言いながら二人に一欠片ずつ配り、残った一つをにこにこしながらほおばる総悟であった。
以来その店のビスキュイは手で割れる程度の堅さに改良されたという。
時折総悟は「あの堅いやつが美味しかったのに。ねェ土方さん」と、あの堅さを懐かしむ。
お前のビスキュイは貝の殻か。
よくわからないつっこみを心の中で入れながら、あの時総悟にもらった一欠片は確かに天にも登るような味がしたな、と
あのビスキュイ割りの響きを懐かしむ土方であった
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