ふわりと漂うシャンプーの香り。
やたらと甘いそれは、屯所の風呂場に置いてある新しいシャンプーとリンスの香りだった。
いつもの色気も素っ気もない廉価なやつの買い置きが切れており、手の空いていた者が近くのコンビニで急ぎ調達したのがこれだった。
「え・・・いつものは注文したらすぐ届くんで、今日さえしのげばって・・・とりあえず何でも良いから買ってこようと思ってコレにしたんスけど・・・」
シャンプーごときでああだこうだ言うのも了見が狭い気がして、よりによってコレかよ!と憤慨した者たちも、今日だけのことと我慢して渋々使ったのであった。
それにしてもこの香り。
甘い果実とバラの芳香が一緒くたになっている。
しかもそれが前へ前へと物凄い自己主張をしているので、とにもかくにも芳しい。10m先からでもにおう。かなり。
パッケージにもロマンティックアロマをお楽しみ下さい等と浮かれた謳い文句が書いてあるので、余計に使用者をげんなりさせた。
むさ苦しい屯所の奴らには似合わないことこの上なかったが、それしか無いので仕方がない。
いやいや、それにしても、だ。
「土方さん」
部屋で煙草をふかしながら録画ドラマを見ていた土方。
開いた襖の方へと振り向く。
「風呂空いてますぜ。早く入らないとお湯落としますぜ」
ひょこりと顔を出し、洗い髪の沖田が土方を急かした。
「ん、ああ」
画面へと目を戻そうとした時、土方の鼻孔をくすぐったのは例のフルーティ&フローラルだった。
ぎょっとして沖田を見つめる。
「お前・・・」
「?」
ろくろく乾かしていない沖田の髪の毛はしっとりと湿ったままだ。
まだ火照っている頬はほんのり桃色。目尻も赤い。
風呂上がりの素足は指やらかかとやらがピンク色。
そしてその沖田から漂う甘い香り。
「どしたよ、ソレ」
「はい?」
「におう」
「何が」
土方の言う意味がわからず、沖田は小首を傾げる。
「ちょっと、こっち」
そんな沖田に、土方は手招きして側に来いと伝えた。
「はァ」
素直に側に座ると、土方はおもむろに沖田の小さな頭を両手で挟み込み、くんくんと匂いだす。
「ちょ・・、ちょっと!土方さん!」
驚いた沖田が抗議の声を上げるが、土方は構わず匂いを嗅ぎ続けた。
頭やうなじ、首筋まで存分に匂ってから、ようやく沖田から手を離す。
「シャンプーか」
「・・・」
沖田は強引に匂いを嗅がれたことに閉口しているのか、嫌な顔をしていた。
「いつものじゃねーな」
「・・・切れてたんで、今日だけ。違うやつ」
ふてくされたように言う。
「あっそ」
沖田の不機嫌を気にせず、土方はニヤニヤ笑う。
「・・・何なんですかィ」
沖田の機嫌はさらに悪くなった様子だ。
「いや、いい匂いだと思って」
「アンタまさかこのシャンプー気に入ったんですかィ?」
呆れたように言う。
「嫌いじゃない」
「へんなの。皆文句タラタラですぜ」
「俺は好き」
「あっそ」
先ほどの土方の口調を真似て答える。
口の先を尖らせて、ご機嫌はまだ直らないようだ。
「・・・俺もう行きやすぜ。アンタも風呂早く行きなせェよ」
「ああ」
さっさと立ち上がり、部屋を出ていこうとする沖田の背中に、土方はついでとばかり声をかけた。
「風呂から出たら、部屋行くから」
沖田の背中が止まる。
振り向きはしなかったが、耳が赤くなったのがわかる。
いいとも悪いとも返事はせず、勢いよく後ろ手に襖を閉めて廊下を駆けていった。
その初心な反応を楽しみながら、沖田の香りの余韻に浸る。
沖田の髪から漂う甘い香りに、どうにも気分が盛り上がってしまった土方である。
とりあえず早く風呂に行こうと、いそいそ支度を始めた。
甘い香りの総悟に早く触れたい。
思う存分匂いを嗅ぎたい。
そしてあんなことやこんなことを。
土方はこれまでになくうきうきしながら浴場へと向かったのであった。
その後、総悟にはフルーティ&フローラルがよく似合ったが、自身のフルーティや近藤のフローラル、他のごつい隊士達のロマンティックアロマはあまりに規格外なことが判明し、鬼の副長がいつものシャンプーを切らさないようきつめに規律を正したのは翌日のことであった。
20070909 itsukiyo
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