星狩り


「あれ見えやす?土方さん。三つ並んだ星のとこ、あれ三つ星っていうんでさ」
「へえ」
「その下にまたちっさい星が三つ並んでるのわかりやす?あれは三つ星のお供なんでさァ」
「ああ」
「三つ星とお供で、くの字になってるでしょう?唐鋤に似てるんで唐鋤星って言うんですぜ!知ってやした?」
 小さな手が夜空を指し示す。
 上気した顔で、得意げに披露する冬の夜空の名前。


 如月も中旬で、一層外気が身に染みる頃だった。
 稽古に夢中になっているうちに、すっかり暗くなってしまった。
 総悟を一人で帰すのを心配した近藤が、何が何でも送ってやってくれと頼み込むので、土方は断れなかった。
 夜道は危険だが、稽古で遅くなることも多かった。
 そんな時、決まって近藤は土方に総悟を送らせる。
 土方に対しては常日頃散々に悪態をついている総悟だが、こうして送っていく時は大人しく歩いた。
 土方の歩調に合わせて、一生懸命付いてくる子ども。
 近藤には渋々承諾する風にしていたけれど、この子どもを家まで送るひとときが、土方は嫌いではなかった。

 今日もいつものように送っていたところだったが、土方は、ふと総悟の足取りが遅くなったことに気付く。
 振り向けば、総悟は立ち止まって夜空を見上げていた。
「おい」
 土方に呼ばれたことにも気付かないのか、空を仰いだまま。
「総悟」
 やっと振り向いた顔は、嬉しそうに輝いている。
「土方さん、あれ!」
 指さす先には満天の星。
「どうした」
「あれ、あの星の名前、おれ知ってるんですぜ!」
 提灯の薄い灯りでも、その頬が上気しているのがわかる。よほど嬉しいのだろう。
「ほら土方さん、あれ見て下せェ!あそこ!」
 土方の袖を引っ張り、見てくれとせがむ。
 総悟が子どもらしくはしゃぐ姿は久しぶりだった。
 それにしても、総悟が星の名前に詳しいなどとは初めて聞く。
「行商の爺さんが教えてくれたんでさ」
 なるほど、と土方は合点がいった。
 昼間、行商人が道場に来ていた。
 貧乏道場に余裕がある訳もないと断った。商売っ気がないのかあっさり引いたので、縁側でしばらく休ませてくれとの頼みは承諾した。
 老人は呑気に煙管を吹かしながら、しばらくのあいだそこに座っていた。
 総悟がサボりついでに近くをちょろちょろしていたのは知っていたが、そんな話をしていたのか。
「それから、あれ!一番明るいやつわかります?あの、青くて一番光ってるやつ!」
 次々と指し示す冬の星。
 この様子では、今日聞いたことを残らず全部教えてくれる気だろう。
 土方は天文に造形が深い訳では決してない。正直その名前は右から左だ。
 けれども、楽しげな総悟を少しでも長く見ていたくて律儀に頷いていた。
 土方のする事なので気の利いた受け答えになるはずもなく、生返事と変わらなかったが、総悟は全く気にするでもない。
 瞳をキラキラさせて星の名を伝えてくる。
 小さな手。
 小さな総悟。
 普段は生意気だが、時折こうして幼さや素直さを見せる。
 姉と近藤にしか見せなかったものだが、最近では土方にも少しずつ心を許すようになってきた。
 総悟の笑顔を見ると、土方はたまらなくなる。
 ふわふわした、落ち着かない気持ちになり、どうしていいかわからなくなるのだ。


「ここでいいでさ、土方さん」
 総悟の家が見えてきたところで立ち止まったと思ったら、子どもはそんなことを言い出す。
「あ?もうちょっとじゃねーか。家まで送るし」
「そこから見てたらいいじゃねーか。家に入るまで」
 姉に会わせたくないという魂胆は見え見えだったが、ここで揉めても面倒くさいので言う通りにする。
「...ここで見てっから、さっさと帰れ」
「そこからですぜ。絶対そこからですぜ。付いて来ちゃダメですぜ」
「わかってるっつーの。ほれ、帰れ」
「それじゃ」
 たたた、と小走りで去っていく。
 迷いなく、優しい姉が待つ家に向かって。
 温かく灯りが点る家に。
 さっきまで傍らで瞳をきらきらさせて星の講義をぶっていたのに、何もこんなにあっさり行ってしまわなくてもいいんじゃないか。
 生返事しかしてやらなかった自分のことは省みず、恨み節になってみる。
 総悟の後ろ姿を見ていると、先刻までのふわふわした何かが手からすり抜けていくような気分だった。
 これを喪失感、というのだろうか。
 溜息をついて見送っていると。
「土方さん!」
 門扉に手をかけた総悟が、思い出したように振り向いて声を上げた。
「何だ」
 驚いたので、聞こえるやら聞こえないやら微妙な返事しかできなかった。
「......送ってくれて、ありがとう」
「!」
 総悟の声を聞いて、さらに驚いた。
 こっちがそんなに吃驚していることも知らず、総悟は小さく手を振り、家の中に消えた。
 思わず小さく手を振り返していたが、既に総悟はいない。
 馬鹿みたいだと思いながら、手を下ろす。
 なんなんだ俺。
 そして、なんなんだアイツ。
 別れ際にビックリしたじゃねえか。
 初めて聞いたぞ、あんなん。
「...なんなんだ、本当に」
 ひとりごちながら、踵を返し道場への帰路につく。
 頬がゆるんで仕方がなかった。
 土方の胸は再びふわふわした何かで満たされ、それはしばらく止むことがなかった。

 道半ばで土方は足を止め、夜空を見上げた。
 総悟がさっき言ってたの、何だったっけ。
 冴え冴えと瞬く星。
 小さな手で、次々と。
 今ごろ姉にも披露しているのだろうか。先刻の得意げな総悟の顔が浮かんだ。
 降るような星の下、土方は笑みをこぼして、再び歩き始めた。


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