めぐる夏


 うだるような昼間の暑さとは打って変わって、夜風は少しだけ心地よい。
 万事屋の面々は志村の道場に行ってしまったので、銀時は散歩がてら夏の夜の河原に出かけた。
 クーラーもない自宅よりは、と歩いていると、己の選択が正解だったことが分かる。
 川からの風は、ぬるいというよりは涼を感じさせ、優しく頬に触れた。
 夜露を気にせず、砂利の河原に腰を下ろす。
 銀時が座った丁度よい大きさの石は、犬の散歩に来た時の特等席だった。

 星のよく見える夜だ。
 去年の今頃を思い出す。

 沖田の姉の初盆に、武州へ付いて行った。
 穏やかな昼、しめやかな夜。
 生前の姉を紹介されてから、亡くなるまで、そして葬儀や諸々の仏事など、何かと沖田とその姉に関わってきた銀時は、その時々の沖田を見つめてきた。手を貸したり、わざと茶化したり、沖田が許す限り傍にいて手を貸した。
 もっとも、銀時が甘やかしすぎるのを制したがる沖田は、決して自分から助けを求めはしない。なのでいちいち嗅ぎつけてやって来る銀時に苦笑いしながら、それでも一度として拒むことはなかった。

 河原に、ぼう、と明りが映る。
 夜間飛行の天人の船か、流行りの電動乗用車か。
 江戸では盆の行事をきちんと行う家庭も少ないのか、いつもと変わらない情景ばかりが広がる。街の明かり、ネオン、ヘッドライトにテールライト。ちかちかと光っては夜の街を活気づける。

 しかし銀時の側に映ったこの明りは、薄く儚く光って消えることがない。
 何だと訝しみながら見つめていると、その光はゆっくりと人の形を作っていった。
 知っている。
 この感じは、初めてではない。
 見つめていると、光は柔らかに輝いて、生前の沖田の姉の姿を形どった。

 ふわふわと夢のように佇むミツバは、いつものように優しい笑みを向ける。
「ああ、またアンタか。沖田くんの姉ちゃん」
 ミツバの形をしたものは静かに頷いたように見えた。
「何。お盆だから来ちゃったの?また沖田くんのことが心配で」
 光のような、薄闇のような、そんなミツバが銀時の前に姿を現すのは、何度めであったか。
 一人の夜にやってくる。
 この世のものでないもの。
 しかし恐ろしさは微塵も感じさせない、優しい光。
 言葉を発することはないが、微かに笑ったり頷いたりするので、意志の疎通はできるようだった。ただ、傍から見れば銀時の独り言に見える。

 他人に言ったことはない。
 沖田にも。
 誰にも知らせなくていい、銀時とミツバの形をしたものだけの秘密の時間だった。

「大丈夫だよ。あの子は立派にやってる。今年は武州に帰れなかったから残念がってたよ。でも去年ちゃんと初盆やったもんな。うん。元気でやってる。まあ、アレだ、屯所の奴らが甘やかしてるもんだから、お茶目が過ぎる時もあるけど。でもそれはアンタも承知だよな。昔からよーく」

 それ、が姿を現すと、銀時は沖田の近況を話す。
 多分、そう。この優しい光は、沖田のことを心配して、沖田の様子を聞きたくて、それで時々現れる。きれいな姉のきれいな感情がかたちになったものだと、銀時は解釈している。
「この前もさ、ものすごく不器用なことしてて、でもしっかり侍で。カッコよかったぜぇ。俺とかの手はいらなかったかもしんないけど、あの子が怪我するのヤだから、すこーしお節介焼いちゃった。はは」
 それは笑みのまま銀時の話を聞きながら、時々手を口に寄せてたり、小首をかしげたり、ほんの少しの動作を見せた。その動きは銀時の知る女性のうちでも群を抜いてゆかしく、敬愛してやまない弟や、惹かれずにいられない男の気持ちを、察することができるような気がした。
「最近のあの子の素行?悪かないけど良くもねーかな。あの子の普通はあんなもんだろ。なに?悪い遊びのこと?ああ、そういう遊びね。……うーん。ちょっと覚えさせてるかも。俺が。いや、イタズラしてる訳じゃねーから、誤解しないでほしいんだけど!そこは、ちゃんと!まあその、何だ……って、アンタ実は全部知ってんだろ?」
 可笑しそうに口に手を遣るミツバに、ばつが悪そうに銀時は続ける。
「……笑ってら。うん、大事にしてるから。大事にしすぎないように、すごく大事にしてるから、そこは安心してほしいんですけど。お姉サン」
 ミツバは、ちゃんとわかっているというように頷いた。
 そして、その姿は少しずつ薄く透けていく。
「もう帰る?」
 かろうじて見えるミツバに向けて言うと、それは綺麗に笑った。
「心配になったら、またいつでも。俺でよければ」
 笑ったまま、透けていく。
 周りの景色と同じ色になって消えるかと思う瞬間、微かにあたたかい色に光って、消えた。
 綺麗な笑顔を残したまま消えたそれの最後は、線香花火の最後を思わせた。

 我に返ると、夜の風だけが残った。
 夏の夜の匂いを運んで、銀時の髪を揺らす。
 街灯の光が尾を引くように、川向うのネオンと混じる。

 世の中の不思議は際限がないもんだと常々思ってはいるが、こういう不思議は怪異ではなく、甘やかな奇跡だと感じる。
 心配ならいつ出てきてもらっても構わない。
 けれど、そのうち現れなくなるんだろうと思う。
 姉が弟の心配をするのは、弟が子供だから。
 なにより愛しいから。

 でも子供は成長する。
 少しずつ大人になっていく。
 違う世界に逝ってしまった者が心配しなくていい程に、大人の男に。
 銀時は思う。
 そうなったらもう、姉の姿をした者は現れなくなる。

 それまで、もうすこし。
 もうすこし、付き合おう。
 あの子の近況も、成長の様子も、いくらでも話そう。
 そしてその時がきたら、それは喜ばしいことだが、一方で言葉にできないほど寂しく、物足りなく思うことだろう。いろいろな意味で。

 とりあえず来年の夏までは、多分会える。
 会えてほしいと強く願う。
 そうだ。タバスコケーキの話も、もっと詳しく言えばよかったのに。

 銀時は立ち上がり、夜露か土くれかわからないものを大きな音を立てて払った。
 川からの風に追い立てられるように、帰路につく。
 一人の我が家に向けて、ゆっくりと。
 見上げればひときわまたたく星が、ちょうど銀時の真上にあった。




20090825 itsukiyo


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