元旦の夜。
屯所からは大勢の賑やかな声が漏れ聞こえる。
真選組大新年会。
新春一発目の重要な飲み会である。
昨日は大忘年会をやっていた。
一年の締めくくりを意味するなくてはならない飲み会だ。全員出席すると有事に対応できなくなるので、シフトに合わせて、隊士は半数ずつどちらかに出席できるようになっている。ちなみに局長だけはどちらにも参加するのが恒例だ。
沖田は今年は新年会の方に参加していた。
昨日は大晦日から元旦にかけて、幕府のお偉方の警護に就き、真面目にお仕事をしていた。
外回りで夜を明かし、いつの間にか年を越した。どうせなら忘年会に出たかったなァとつぶやきつつ、寒空の下で職務を全うした。
大勢の隊士とカウントダウンできる忘年会と、お仕事中に日付が替わって寝て起きて参加する新年会とでは、当然前者の方がいいと沖田は思う。
しかし今回はこういう配置だ。仕方ない。
なので今夜はガッツリ飲むつもりだった。自分へのご褒美だ。鬼嫁ガンガン空けてやる。
やる気まんまんで会に臨んだ沖田だった。
「局長〜。いいんですか?沖田さん、すっごい飲んでますけど」
「なんだ山崎!どうした、酒が足りんのか!!これ飲んでいいぞ」
新年会組の山崎が近藤に耳打ちする。
沖田がすごい勢いで盃を空けているので心配になったからだが、もう既にできあがっている近藤とは会話が全くかみ合わない。大笑いしながら山崎の背中をバンバン叩く近藤は連日の飲み会で御機嫌だ。
まあ、この局長がいるだけで会が盛り上がるのは人望故なので、硬い事は言いたくないが。
「今日は沖田さんを止める人がいないんですよね……どうしよう」
本日、側に副長はいない。
土方は昨夜の忘年会に出席した。今日は夜勤の筈だった。
つまり沖田に、もうやめとけと言える者はいない。
酒好きの沖田は放っておくと際限なく飲む。弱い訳ではないが、たくさん飲むので当然酔っぱらう。基本明るい酒だが、酔うと無防備になるというか、なんか危険なのだ。
そうなった時、俺で止められるだろうか。
不安がよぎるが、どうしようもなかった。
「鬼嫁、もうないんだけどねィ」
「ひいっ」
ぐだぐだと考えていると、背後から空になった一升瓶を突き付けられて、山崎が飛び上がる。
「お、沖田さん……!!驚いたじゃないですか!!」
沖田が一升瓶を握りしめてそこにいた。
既にどんだけ飲んだのか、目尻が赤みを帯びて、瞳はうるうるしている。
「山崎ィ、鬼嫁、もうないの?」
「え、ないですか?たくさんあった筈ですけど」
「ない。違うのばっかり」
山崎が確認するが、床の間近くには確かに別の銘柄ばかりが並んでいる。
急いで立ち上がり、走って厨房に回ると、空き瓶置き場に鬼嫁の瓶がいくつも散乱していた。
「あー…昨日の奴らがやっちゃったんだなー……」
座敷に戻って沖田に説明するが、案の定ブーブー言い始める。
「なんで?なんでもうないの鬼嫁。俺の分は?」
「もう結構空けたじゃないですか……。沖田さん大概酔ってるでしょう」
「足りねェもん!やだやだ、山崎買ってきて」
「元旦だからどこも閉まってますよ」
「やーだー。山崎ィ……」
「沖田さーん……」
弱り切った表情で山崎は宥めるが、沖田は納得してくれない。
いつもは機嫌の良い酒なのに、沖田がこうまでしつこく絡むのは珍しかった。
そんなに鬼嫁飲みたかったのか。
てか何本かは空けたでしょうが。
あ、なんか沖田さん涙目になってきた。
山崎の袖をつかんで、見上げる瞳がうるうるしている。
あ、なんかすげーかわい……いやいやいや。
どうしようどうしよう。
局長は違う世界で御機嫌さんだし、他に誰か頼れる者はいないのか。
山崎は焦りつつ、鬼嫁を空けた昨日の忘年会組の面々を呪った。
「なに駄々こねてんだよ」
背後から声がし、山崎が振り向くと、そこに居るはずのない副長の姿があった。
「総悟、元旦から山崎困らせてんじゃねーぞ」
「……あ」
空瓶を抱きしめてぽかんとしていた沖田が、小さく口を開いた。
「土方コノヤローじゃねェですか。……なんでいるんですかィ?仕事は」
「サボりじゃねーぞ。夜勤も時間制なんだよ。今は空き時間」
「ふうん……」
山崎は土方の登場にホッとする。
広間から自分を呼ぶ声を認めると、肩の荷が下りたようにその場を預け、退席する。
土方は仕方ないなといったふうに沖田の正面に座った。
不吉な予感がして宴会を覗いてみたら、案の定だ。
沖田が忘年会に出たがっていたのは知っていたが、だからといってシフトを変える訳にもいかずそのままにしておいた。諦めて楽しく新年会で飲んでいればいいと思っていたが、やはり困ったことになっていた。
「手前ェは何ぐじゅぐじゅ言ってたんだ」
「鬼嫁もうないんでさァ。これじゃ俺なんのために昨日がんばったか分かんねー」
「他の飲め」
「やだ」
「これも高いぞ」
並んでいた高価な銘柄を手にするも、沖田は口をへの字にまげたまま言った。
「それあんま美味しくなかった」
「お前なァ…贅沢言うな」
「あ、鬼嫁ないならアレ飲みたい。こないだ飲んだ辛いやつ」
「どれだよ。こん中あるか?」
「アレでさ。アンタの押入にあった吟醸酒。緑の瓶のやつ」
「なんでお前!!」
「盗み飲みしやした。すいやせん」
呆れて沖田の顔を見る土方、二の句が継げず、口は開いたまま。
なんだかもう頭を抱えたくなった。
確かに辛口の吟醸酒を買ってあった。そのうち飲もうと楽しみに押入に忍ばせていた。誰にも言ってないのに、なんでこいつ勝手に飲んでんだ。ていうかなんで人の部屋に勝手に入ってんの。なんで知ってんの。
「あ、でも残してあるんで、まだあるはずでさァ」
赤い顔してへらっと笑う。
そこだけ見たらなんと邪気のないことかと思うが、言っている内容は酷い。
「……お前………」
「あの酒、飲みたい」
「………部屋、来るか?」
「うん、行く」
プリン食べるか、うん食べる、みたいに頷く。
頬染めた可愛い顔のまんまで。
土方は大きく溜息をつき、酔っぱらいの手を取って自室に向かった。
何と簡単な。
酔うとこれだから危ないのだ。
なるべく自分の目の届く所で酔ってほしい。
土方は次の忘年会新年会は積極的にシフトをいじろうと誓った。
「あ」
手を引かれていた沖田が廊下で急に足を止めた。
「総悟?」
「俺、まだ言ってなかった」
「なに」
「アンタと会うのひさしぶりだから」
「昨日会ったじゃねーか」
「あけましておめでとうございやす、土方さん」
「………」
「飲み会、昨日だったら、ちゃんと言えたのにねィ」
残念そうに笑って、沖田は言った。
ああ、こいつ。
だから甘えて駄々こねてたのか。
土方は沖田の頭をくしゃっと撫でて、そのまま抱き寄せた。
「ばーか」
ぎゅっと抱きしめた後、沖田の顔を見る。頬は上気し、甘くとろけそうな目で見つめ返してくる。
たまらず、唇を奪った。
沖田は酩酊のためか、ぼんやりと土方に応えながらふにゃりと身体を預けてくるので、回した腕に力をこめる。唇を離すと、一人では立っていられないように土方にしがみついてきたのでたまらない。
「酒くせーな、お前」
「鬼嫁、いっぱい飲んだ」
へへ、と得意そうに笑う顔が愛らしかったので、土方は沖田の腰に素早く手を回し、急いで部屋へと促す。
続きは廊下じゃまずいので。
これ以上の我慢は無理なので
そういえばまだ自分はおめでとうを言っていないし、緑の瓶の酒に関するあれこれも問いたださねばならないし、それよりなにより。
今年最初の愛を伝えるまで、あともう少し。
20100101 itsukiyo