「総悟、コレ」
「何です土方さん」
屯所ですれ違いざまに渡されたそれを見て、沖田は困惑した。
この人、なんでこんなものを。
「見りゃわかるだろうが」
「そりゃあ、見れば分かりますけどねィ」
薬用リップクリームと書いてあるので、用途はわかる。
だが困惑しているのは用途ではなく、この人がどうしてこれを自分に渡すのかということであった。
何の前ぶれもなく貰っても、意味がわからない。
「やるよ」
「……何で」
「塗っとけ」
「どして」
会話は続けど意味がわからないままなので、次第に沖田はイライラしてくる。
土方の言葉足らずは今に始まったことではないが、それに慣れることと腹が立つこととは別問題だ。
「血」
「はい?」
「血ィ、出てるぞ」
「え」
手の甲を当てて確認すると、自分の唇からわずかに血が出ていることがわかった。
「乾燥してんだよ。カサカサしてっからすぐ切れるんだ」
「はァ……」
びっくりした。
唇が荒れていることなど、自分では気付かなかった。
なんでこの人は分かったのだろう。
「最近あんま食ってねーだろ。栄養足りないんじゃねーのか」
それも見てたのかよ。
「もっと食え。そんでソレ塗って」
そこまで言うと、土方がじっと自分の方を見ているのがわかった。
見返すと、なんだか真剣な表情をしている。
居心地が悪い。
この人にじっと見られていると、どうしたらよいか分からなくなる。
「……なんですかィ」
たまらなくなって目を逸らし、それだけ言った。
二人の間に言葉が無くなると、ひどく胸が苦しい。
ここから逃げ出したくて、どうにかしたくて。
黙って俯いていると、ふと顔に温かさを感じた。
土方の手だ。
親指で唇を辿り、そのまま頬をそっとなぞられる。
「傷を付けるな。ちゃんと、してろ」
低い声が耳の奥で響く。
大きな手で触れられて、そこから自分の身体が書き換えられていくような気がした。
なんだ、これは。
「使えよ、ソレ」
混乱している沖田から手を離し、土方はその場を後にする。
置き去りにされた沖田は、なおも立ちすくんだままだ。
「なんて事しやがるんだ……」
未開封のそれにはドラッグストアのシールが貼ってあった。
わざわざ買ってきたのだろうか。
こんなことに。
こんなことに心が跳ね踊る。
どうせ土方の気まぐれにすぎないと沖田は思う。
邪険にしたり無視したり、怒鳴ったかと思うと時折思いついたように優しくするなど、土方の自分に対する態度はまるで一貫性がない。
今日のこれもきっと思いつきで、土方にしてみれば何と言うこともない、ただの薬用リップクリーム。
しかしそんな土方の些細な行動に心も身体も全部持って行かれるという理不尽さに、沖田は泣きたくなった。
20080425 itsukiyo
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