五月も終わりに近づいた。
今年も厳しい夏の到来を予感させる、強い日差し。
それでも日陰に入れば、やはり薫風が頬を撫で、肌寒ささえ感じる。
朝晩の冷たさと相まって、寒暖の差が激しいのもこの季節の特徴だった。
「隊長ーう」
「一番隊隊長の沖田さーん」
夢うつつに声が聞こえる。
間延びしたあの声の主は、間違いなくお人よしのアイツだ。
沖田はもちろん返事などせず、自室の畳の上で寝がえりを打った。
「見つけた、沖田さん」
人の部屋の襖を軽々しく開けないでほしい。
沖田の部屋を気安く開けることのできる者は限られている。
山崎にそれを許した覚えはないのに、いつの間にか無言の許可を与えていることになってたらしく、用があれば何でもないことのように襖に手をかけた。
「……」
「起きてるんでしょう?バレてますよ」
苦笑い混じりで言う山崎にムッとしながら身体を起こす。
「……うそばっか。当てずっぽうで言うんじゃねェや」
「ほら、当たり」
目をごしごし擦りながら悪態をつく沖田の傍へ座り、山崎は目を擦っちゃ駄目ですよといいながら沖田に隊服のベストと上着を渡した。
畳の上に寝転んでいた沖田はシャツのボタンをはだけたままで、ベストと上着は脱いだままの形で近くに投げ出されていた。
午前中の隊務で暑くなり、めんどくさくなって脱ぎ散らかした様子が簡単に推測される。
服務の途中であろうが休憩中であろうが、眠りたい時に沖田は眠る。
しかし、5月の終わりのこの時期になると、眠っているようでその眠りは浅く、寝付きも良くない。また起きていても眠さにかこつけて塞いでいるように見えた。
「いくら暑くってもですね、寝ちゃう時は冷えないようにして下さい」
「……居眠りぐらい勝手にさせろィ」
「季節の変わり目に気をつけないと、沖田さん風邪引きやすいんですから」
「うるせーな。母ちゃんじゃあるめェし」
「言わないと気をつけないでしょう、沖田さんは。言っても言うこと聞かないし」
「はァ?何それ」
沖田はブツブツ言いながら目をしぱしぱさせ、再び両の手でごしごし擦る。
「ほらまた」
両の手を掴まれた。
山崎なんぞに。
「擦っちゃ駄目だって、言ったでしょう」
「仕方ねェだろ。……結構寝てたから、眩しい」
両手をそれぞれ捕えられたまま、向かい合って座っている。
振りほどいて逃げようと思えば、いくらでもできる。
できるのに、沖田はそうはしない。
「目、真っ赤になっちゃったじゃないですか」
「………」
「眩しくて、ごしごしやったからですか?」
「………うん」
いつのまにか両の手は自由になっていた。
その代わりに山崎の手が沖田の頬に優しく当てられる。
自分の頬よりすこしだけ温かい山崎の両手に包まれて、沖田は目を細めた。
「まだ眩しいですか?」
「……まだ、眠い」
山崎は笑って、押し入れから薄手の夏布団を出した。
「これ、この間干しておきましたから。隊服邪魔ならこれ使って下さい」
「ん……」
ふわりとした夏布団を受け取ると、太陽の匂いがする。
山崎は沖田から渡されたベストと隊服を形よくハンガーにかけながら言った。
「冷えないように寝て下さいね。おやつの時間になったら起こしにきますから」
「うん」
「それじゃ」
出て行こうとする山崎に、沖田が言った。
「山崎」
「はい?」
「……まくら」
「ああ、すみません。今出しますね」
「違う、お前が……」
見ると、拗ねたような顔をして、沖田がこちらを見ている。
沖田はその先を続けなかったが、その目が雄弁に物語っていた。
恋しい。
人恋しい。
寂しくて、たまらないのだと。
山崎は気づいていた。
この時期、緑が萌えて夏が近づくこの5月の末に、沖田の大事な姉の生まれた大事な日があることを。
生前は手紙や贈り物を嬉々として準備していた沖田だが、姉が亡くなってからはどうすることもできず、この時期をどうやって過ごしたらよいのか、まだ上手い方法を見つけられずにいることを。
「……ひざまくら、しましょうか」
「……ん」
茶化すでもなく、ごく自然に発せられた申し出に、素直に従う。
毒気のなさに内心驚いていることは巧妙に隠し、山崎は昼寝の準備を手早く整えた。
畳の上に座った山崎の膝の上に、沖田の頭が乗せられる。
「どうですか?」
「ん……悪くない……」
山崎の体温に安心したのか、しばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。
「おやすみなさい、沖田さん」
自分でよければ何でも請け負いたいが、山崎は分を弁えているつもりだったので、沖田がよほど弱っている時にしか彼の役にはたたないと承知していた。
だから、このひと時は僥倖。
せめて、祈りながら。
どうか、この人にしばしの休息を。
いろいろなものを背負っているこの人に。
重いものを抱え、それでも兄貴分のあの人たちの後に子犬のようについて行くに違いないこの人に。
業は増えるばかりで、その実、それに気付かないふりをして軽々と先頭を走っていかねばならないこの人に。
20090526 itsukiyo
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