「よう。乗ってくか?」
「へ?」
放課後。
逆光に目を細めながら、総悟は間の抜けた声を出した。
よくよく見ると、高杉が自転車に乗って総悟に話しかけていたとわかる。
今日は部活も休みで、近藤たちも委員会だなんだとそれぞれの用へと姿を消したところだった。早く帰って勉強などする訳もないし、誰かをさそって遊びに行くのも面倒だと思っていた矢先に高杉が現れた。
ママチャリに乗って。
「どこ行くの」
「そろばん塾」
「たかすぎー!」
「あー?」
「とばしすぎー!!」
「知らね」
長い坂を下る自転車は、微かに錆びついた音を軋ませながらスピードを増していく。
誘われてほいほいついて行った総悟に勧められたのは、自転車の荷台。
年季の入った、高杉の自転車。
こんなスピードでは壊れてしまうのではないかとヒヤヒヤしながら、高杉の背中にへばりつく。
回した腕にぎゅっと力を込める。
ひゅうひゅうと風が鳴る。
長い勾配にスピードは増していく。
周囲の景色など目に入らない。
ただしっかりと、高杉につかまって。
「着いた」
「……お前さー……いっつもこうなのかィ?」
「何が」
げっそりと疲れ果てた顔で総悟が言うと、高杉は嬉しそうに口の端をくっと上げる。
「坂、あぶねーじゃん。飛ばしやがって」
「別に普通の速さだったぜ」
「あっそ!」
本人はとぼけているが、高杉に「怖かった」などとは言えない。だからあの危険極まりない自転車走行を責めることはできない。そこまでわかっていての意地悪なのだから、これ以上ああだこうだ言うのは不毛だ。
「入れよ」
「……ん」
自分の家であるかのように、そろばん塾へと手招きをする。
以前連れてきてもらった時と同じく、古い日本家屋。奥からは子どもの声が聞こえる。
「茶でも飲む?」
「ジュースがいい」
「あー、多分オレンジならあった」
廊下を進みながら、勝手なことを言う。
ここで好きなようにふるまうことを許されているのだろう。
ずっと昔から通っていると言っていた。
高校生になっても頻繁に顔を出すのは高杉だけだったが。
縁側に座っていると、高杉が缶ジュースを投げてきた。
そんなもの当然キャッチはできるが、もし自分が取れなかったらどうするつもりだろうといつも思う。
オレンジジュースのキャップを開けながら高杉を見る。
コーヒーのブラックなんてものを飲んでいる。
総悟は自分のオレンジジュースと交互に目をやって、恨めしそうに言う。
「俺も同じでよかったのに」
「次はな」
高杉は笑う。例の、口の端をすこし上げた笑い顔で。
総悟がコーヒーには砂糖とミルクを入れる派だということはバレているので、負け惜しみにしか聞こえない。
全部わかっていて、でも次も高杉は総悟にブラックコーヒーは渡さないだろう。それがなんとなくわかるので、よけいに悔しい。
同じ背丈のくせに。
同じ学年のくせに。
でも、実は総悟は高杉の行動が嫌ではない。
嫌ではないどころか。
「……いい」
「何が」
「これでいいっつったの!次もオレンジ飲ませろィ」
一瞬間をおいて、くっくっと高杉が笑いだした。
さっきまでの意地悪な笑いよりレベルが上の本気笑いだ。
総悟はなんとなくくすぐったいような、胸のあたりがきゅっと音を立てるような、おかしな気持ちになる。
自転車とジュースのせいだ、と思うことにした。
間違いなく、多分、きっと。
20101216 itsukiyo
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