確かなもの


 雪が降ってきた。
 ついてない。
 本当に今日は全くついてない。
 攘夷派の集まりがあるとの情報で、古びた旅館に張り込んでいた沖田は軽く舌打ちをした。
 基本、張り込みは複数で行う。最低二人。
 現在沖田は一番隊の隊士と任務を行っている。動きがあればすぐに本部に連絡をせよとGPS付きの携帯も持たされた。
 最新型の携帯は謎が多く、沖田は好まない。好きでないどころか、触らずに済むのなら部下に命じて操作させる。沖田は少し前の、機能の限られた野暮ったい携帯が好きだった。

 窓から双眼鏡で外を覗いていた隊士が、派手なくしゃみをした。
「うるせーな」
「す、すみません。気をつけます」
 この部屋は客間ではなく物置も同然の角部屋だ。
 一番表通りがよく見え、かつその後動きやすい。
 しかし暖を取るのは難しかった。空調のない古びた部屋で、隙間風まで吹いてくる。電気ストーブでも借りればよさそうなものだが、こちらの動きを悟られてはまずかった。
 よって、我慢するしかない。
 気圧の変化がどうたらとお天気お姉さんが言っていたかもしれない。けれど雪とか聞いてない。こんな寒いとも聞いてない。もっと注意を促してくれないと視聴者が凍死するのではないか。
 首元から足先まで、ぶるっと震えがきた。

「お前、帰れ」
「は?」
「屯所帰れっつったの」
「自分、何かヘマをしましたか?」
 慌てる隊士に、
「ここ寒すぎ。今のところ動きはねーから、この隙になんか持ってこい」
「なんかとは」
「あったけーもんならなんでもいいから持ってこいっつってんの!ホッカイロとか貼るカイロとか足裏カイロとか!」
「はい、直ちに!……あ、でも隊長一人になってしまいますが」
「俺が下手こくと思うか?」
「いえ!!行ってきます!」
 いくら可愛い顔をしていても、誰より腕の立つ一番隊隊長だ。
 斬り合いでどうなるとの心配ではなかったが、それを言うと嫌な顔をされそうだ。
 隊士は勇気を振り絞って言った。
「では、これは隊長にお預けしておきますんで」
「あ……」
 例の最新型携帯だ。
 いやもはや携帯じゃない。配給時、画像とか見られるんだぜ、アプリちょーいっぱい入れて便利すぎだぜ、などと騒いでいた者もいた。沖田はもちろんはしゃがない組の組長だ。近藤はストーカーの役に立つことこの上ないと使いこなしていたし、山崎も隠密行動の役に立つといろいろ説明してくれた。しかし沖田はろくろく聞かず、畳の上にぽいと投げ捨て、「俺は実践で使って覚えるタイプでィ」と説明書をまったく読まなかった。呆れた話だが、沖田だから許される。
「着信は受け取れますよね?」
「うん」
「本部にかけるのはできますか?」
「このへん押すんだろ」
「ええと、ここに登録してあるんで、こうやってそうしてください」
「うー……」
「あと動画を撮って送るのは……」
「いい」
「はい?」
「もーいいからお前とっとと行って来い!手前ェがさっさとかえってきたら問題ねーんだよ!」
「はい!今すぐ」
「早くしろよ」
「隊長も、ご無事で」
「誰に言ってんだ」
 若い隊士は急ぎ足で部屋を出た。
 沖田は小さく溜息をつき、両の手を擦り合わせて寒さに耐えようとした。

 面倒だが、往来や向いの米問屋の様子を双眼鏡で探る。
 寒さで震えがくるので、視界もブレる。
 だんだん腹の立ってきた沖田は、双眼鏡をぽいっと投げた。破れた座布団の上に上手く乗ったそれは冷え切っていて、持つと余計に寒くなる。
 最新型の携帯もささくれた畳の上で沈黙していた。なったら取れるか不安が残るが、どこかのボタンを押せばなんとかなるだろう。だから旧式のをもっていくと言い張ったのに、電波が解析されるとかでこのザマだ。
情報が漏れるのと、情報をシャットダウンするのはどちらが愚かだろうか。知るか。
 往来をじっと見つめ、はらはらと雪が舞い始めたのを恨めしそうに口をとがらせる。

「余裕じゃねーか。裸眼で確認できんのか」
「!?」
 低い声に驚いて振り向いた。
 先刻カイロを取りに行かせた隊士ではなく、その人は。
「なんで、土方さんがいるんでィ」
「お前が寒くて泣いてるって聞いてな。カワイソーだから来てやった」
「はあああ?何それどこ情報?」
「隊長が寒いと仰ってあまりにかわいそうでって言ってたぜ」
「くっそあいつ殴る!」
「でもホントだろ。さみーなここ」
「カイロ。カイロ持ってきたんだろィ土方さん」
「カイロっつーか、これ」
 風呂敷から出してきたのは、先日新調したコートだった。隊服にあわせてコートを作ろうとは寒がりの隊長を慮った一番隊からの声がきっかけだった。
「コート!俺のできたんですかィ?」
 沖田の分が遅れていたので今日は持って来なかった。
 なんでも、治すところがあるとかで、袖を通す間もなく持って行かれた。
「ほら」
 土方はふわりとコートを羽織らせる。
「袖通してみな」
「ん」
「わー……ぴったりじゃねェですか。あったかいし。高そーですねィ」
 くるりと回ると裾がひらりと広がって、沖田がそれをやるとなんとも優雅に見えた。
 土方は満足そうに見ている。
「カイロもいるか?」
 近藤さんが持たせてくれたと、貼るカイロやら足裏カイロやらいろいろ出してくる。
「ありがたいですねィさっすが近藤さんだ」
 嬉しそうにカイロを物色していた沖田が、ふと顔を上げた。
「アンタ、なんでコート来てないの」
「クリーニング出した。汚れたから」
「昨夜の」
「まあな」
 昨日の出入りで返り血でもあびたか。
 高そうな布地なのに勿体ない。俺なら汚さないけどな。
「その分カイロ貼った。ヒートテックの靴下履いたし」
「なんかそれじじっぽい」
「寒いって泣くのとどっちがかっこいい?」
「うっせーなァ」
「なあ、総悟」
「なんですかィ?」
「これかぶっとけ」
 土方は総悟の襟足に手を伸ばし、コートのフードを頭に被せた。
「なんで?」
「よかったなァと思ってるんだよ」
「なにが」
「お前にコートとフード、すげー似あう」
「な……っ」
 沖田は真っ赤になりながら土方にパンチをしようとする。
が、そのまま抱き込まれた。
「これ、フードつけるために俺の遅かったの?」
「さあな」
フードを被ったかわいこちゃんにそのまま口づけて、頬を舐める。
「冷てェ」
「耳はもっと冷てーですよ」
「じゃあフードは邪魔だな」
 可愛い可愛い言っていたくせにさっさとフードを脱がせて、土方は沖田の耳を齧った。
「ん!……ちょ!!バカ」
「あーホントだ耳ちょー冷っこい」
「も、終わり!仕事!!」
「急に真面目なこと言いやがって……」
「それ!なんとかフォン!!俺つかえねえから!!!」
「ああこれな。……後で教えてやるよ」
「いらねえ」
 本当に忌々しい機種だ。
 ちょっと前まではかんたん機能でいつでも近藤さんと話ができた。あと、うるさい奴からの小言も浴びるほど電話から聞いた。現在のはよくわからないので、着信名を好きにいじることも着信音を変えることもできていない。とにかく甚だ面白くなかった。
「いつまでもらくらくフォンでいけると思うなよ」
「いいの!俺はコートさえあれば困らねェ」
「フード、かぶっとけよ」
「えらそうに」
「いいから」
 先刻外したフードをもう一度沖田の頭に被せて、土方はにっと笑った。
「冬は最悪のこと考えて防寒しとけ」
「へーい」

 雪はいつの間にか止んで、風だけが音を立てる。
 沖田の頬はうっすら上気し、寒さはどこかへ行ってしまった。
 目の前の男のせいだと思うと癪な気分だが、フードは実際あったかくてコートの着心地もすこぶる良好だったので、なにもかもヨシということにした。
 なにかあるとすれば、そう、土方もコートを来て(どうせ似あうに決まっている)おそろいで巡回したいなと、ささやかな願望が生まれたくらいか。
 コートもあるし、傍らにはお菊。そんでなんとかフォンがなくたって、土方がいればこわいものなんてないのだから。




20110223 itsukiyo

リクエストをいただきました。きゆ様、ありがとうございます!!!
「コートを着たシチュで、珍しく仲良し風味の土沖」に
なっているでしょうかっ!?不安ですが捧げます!!



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