そうして、君は一人で泣くのだろう。
それくらいなら、ちょっと海まで。
海を見に来た。
沖田の姉の件があってしばらく経つ。
沖田が屯所で一人で泣いているかと思うと、居ても立ってもいられなくなった銀時は、非番と知って無理矢理に海に誘った。
初めは不思議そうに銀時の顔を見つめていたが、そのうち大きな瞳が嬉しそうに細められた。
スクーターの2ケツはしょっぴかれますぜ、と笑う顔を見て、ああ誘って良かったと沖田をかみしめる銀時であった。
ちょっと海まで二人で出かける。
到着すると防波堤まで歩いた。
訪れる人もない海辺には波音しか聞こえない。
穏やかな日差しに、沖田は眠そうな様子を見せる。
屯所では眠れないのだろうか。
「座んない?」
「はあ」
銀時は防波堤のコンクリートに腰を下ろし、ぽんと自分の膝の上をたたいた。
「どう?」
「・・・それはもしかして、膝枕してくれるっていう事ですかィ?」
「うん、当たり」
沖田は怪訝な顔つきで銀時を見つめた。
銀時は構わず沖田の腕を掴み、促す。
「遠慮せず、ドウゾ」
「勘弁して下せェよ」
「まあまあ、いいからいいから」
常の強引さで、嫌がる沖田を横に座らせ、小さな頭を膝に乗せた。
さらさらと、沖田の髪の毛が銀時の膝で音を立てる。
「・・・旦那ァ、骨張ってて、男くさい」
口を尖らせて、沖田は不服を申し立てる。
「男だもん、仕方ねーじゃん」
笑って、銀時は言う。
真上から見ると、沖田の顔はこれがまさに小顔かという位、小さくて白くて愛らしかった。
先日関わった沖田の実姉も上品な美人だったが、こんな姉弟が身を寄せ合って暮らしていたという武州での昔に思いを馳せると、よくぞ今まで無事で・・・!!と、好む好まざるに関わらずというかむしろ好んで用心棒的働きをしていたであろう沖田の兄貴分二人への勝手な感謝の念に耐えない銀時だった。
沖田はしばらくすると不平も発さなくなり、大人しく男の膝に収まっていた。
潮くさい風が二人を撫でていく。
秋の日がじんわり温かい。
銀時は太陽に手をかざし、沖田の顔に影を作った。
「何ですかィ、それは」
「眠りなよ」
眩しいと寝られないだろ、との言葉と受け取り、沖田は目を閉じた。
この人はどこまで自分を甘やかすんだろう、と半ば呆れはしたが、それはそのまま銀時には簡単に甘えてしまう沖田自身に返ってくる。
それでもその行動の一つ一つが砂に注ぐ水のように心に染みてくるのを沖田は感じた。
波の音、潮の香り、銀時の膝。
いろんなものが心地よく、やがて沖田は眠った。
沖田が目を覚ますと、沖田の頭を膝に乗せている銀時も目を閉じている。
膝枕しつつ、眠ってしまったのだろう。
影を作っていた手のひらは、いつの間にかの曇天に必要なくなっていた。
その代わりその手は、髪の毛を梳いていたであろうその形で沖田の頭部に添えられている。
もう片方の手は沖田の肩にあった。
その両方ともが温かく沖田を慈しむようにそこにある。
沖田は無性に、泣きたくなった。
「あれ、沖田くん」
銀時が目を覚ます。
「おはようございやす、旦那」
銀時が瞬きを数回繰り返すと、沖田が下から銀時を見上げていた。
「起きてたの?」
「さっき」
「起こしてくれたらよかったのに」
「旦那の顔、見てやした」
「あー、まあ困らないけど。銀サン寝顔もいい男だから」
「ええ、いい男でしたぜ」
「・・・うわ、どしたの、沖田くん」
ほめたのに心配顔になる銀時がおかしくて、沖田は小さく笑った。
「起きやす。足、痺れたんじゃねーですか?」
心地よい膝を離れ、銀時の隣に座る。
午後をだいぶ回り、空の色も海の色も鈍くなってきていた。
「寒い?」
優しい手が肩を抱く。
「旦那」
「なに」
「連れてきてくれて、ありがとうございやす」
「どういたしまして」
「嬉しかった、です」
「うん」
銀時はわかっているのだろうと沖田は思った。
沖田の子供じみた悔恨も逡巡も、そして今の焦燥も。
わかっていて何も問わない。
ただ、そこにいてくれる。
「旦那」
「ん」
肩を抱かれたまま、銀時に身を寄せる。
その温かさに目を伏せながら、沖田は続けた。
「はやくしなけりゃって、思ってやした」
「・・・」
「はやく立ち上がらなきゃ、そんではやく追いつかなきゃって」
「うん」
「焦って煮詰まってたんですがね」
「うん」
「少しずつ、やっていくことにしやした」
「うん」
「てかそれしかできねーし」
「うん」
銀時は反対の手も沖田の身体に回して、背中から抱き込んだ。
背後から沖田のうなじに顔を寄せて、つぶやく
「いんじゃねーの、それで」
くすぐったいのか、少し身を捩って沖田が笑う。
その様子が可愛かったので、さらに銀時がうなじに顔をすり寄せる。
「ちょ、旦那」
抗議の声は銀時をニヤニヤさせただけだったので、沖田は抵抗を諦めた。
銀時の好きにさせると、今度はうなじに鼻を寄せてくんくん匂いを嗅いでくる。
沖田は少し眉を寄せたが、しかしそんな銀時の動作は全て沖田を甘やかすことに終始しており、しばらくその心地よさを手放すことができなかった。
しばらくじゃれていると本格的に日が暮れてきたので、そろそろ帰ろうと立ち上がった。
スクーターの所まで手をつないで歩く。
あまり言葉は交わさなかったが、途中何回も見た沖田の横顔が穏やかだったので、銀時は安堵した。
「沖田くん、ホントにここでいいの?」
「いいんですって」
屯所まで行くと面倒なことになると沖田が言うので、ちょっと手前で下ろす。
帰りにあちこち寄って、結局夜中になってしまった。辺りは勿論暗闇だ。
「大丈夫?もう暗いし、門のとこまで乗ってけば」
「旦那、心配しすぎでさ。見つかるといろいろ面倒なんで、ここで」
「うん」
せめて角を曲がるまで見送ろうと、沖田の後ろ姿を見つめていたら、急に振り返る。
「旦那」
「なに、沖田くん」
「おれ、大丈夫ですから」
「うん」
「でもまた、海。誘って下せェ」
「うん」
「じゃあ、旦那」
「じゃあね、沖田くん」
はにかんだように笑って、駆けていった。
屯所に帰って一人になったら、また泣くのではないかと銀時は思う。
けれどそうやって、己と向き合って乗り越えていくしかないのだろう。
傷は癒えることはないだろうが、それを抱えて生きていく強さを、彼は遠からず手に入れる。
愛されて真っ直ぐに育ってきた子だ。大丈夫、と銀時は確信している。
でも。
一人で泣かすのは全然、全く、趣味じゃないので。
あんな子は、可愛がって優しくして慰めて、ギューっとしてやらねばならないと決まっているので。
近いうちにまた訪ねようと銀時は心に決めていた。
来週とか、どうだろう。あの子の非番は何曜日だっけか。
スクーターで、屯所まで。
ちょっと海まで、
なんて、誘いに。
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