暗闇で物音がした。
山崎は耳をそばだてる。
屯所の台所は、基本的に夜中は誰もいない。
・・・はずなのだが、廊下を歩く山崎の耳は、確かに何かがうごめく気配を捉えた。
戸を開けるが、中は暗い。
灯りもないのに、何がいるのか。
思い切って照明のスイッチを入れた山崎が見たものは。
「・・・沖田さん?」
「あァ、山崎ィ?」
赤い顔で下から見上げる沖田。
調味料がしまってあるはずの戸棚近くに座り込み、コップでぐいぐいやっていたらしい痕跡が見て取れた。
そしてその手には見覚えのある瓶が。
「沖田さん、それって・・・」
「あー、みりん」
みりん?
ああそうだ。これは料理に使う本みりん。
ガラスのコップに手酌でみりんを。
「・・・それ、飲んでるんですか?」
「ん」
頬をピンクに染めて、こくんと頷く。
いい感じに酔いが回っているのだろう。
潤んだ瞳でほんのり微笑んでいる様子は、いつにも増して可愛らしい。
沖田の酒はいつも機嫌の良い酒なので(泣いたり怒ったりしているところを見たことがない)、飲んだ時は無防備な笑顔を見せてくれることも多く、隊士の中にはその可憐さにノックアウトされてしまう者も少なくなかった。
「飲めるモンなんですか」
「うん。まあまあ」
「・・なんでそんなもん、飲むんですか・・・」
「足らなくなったから」
大分ろれつの回らなくなった沖田から断片的に聞き出した内容をつなげると(山崎の得意とする所である)、部屋で一人楽しく飲んでいたら酒が足りなくなり、台所で物色するも料理酒が切れていたので、みりんに手を付けたとのこと。
沖田は部屋で隠すようにしてひっそり飲むことが多い。酒量が増えたのがバレると近藤が心配すると、沖田なりの配慮らしい。押入には買い置きがひしめき合っているのを山崎は知っていたが、最近隊務が忙しかったので補充が間に合わなかったに違いない。
それにしてもみりんて。
「よく酔えますね」
呆れ混じりに言うと、沖田が得意げに笑って言った。
「俺酒っぽいモンなら何でも好きだから」
副長には「鬼嫁じゃないと飲まない」などと我が儘放題のくせに、やっぱりこの人は。
酒の悪食とでもいうのだろうか。
安い酒や高い酒、実はなんでも楽しく飲める人なのだ。
宴会では高価なものから真っ先に空けるが、一人の時は部屋で安酒をちびちびやるのを欠かさない、地味な酒好き。
みりんまでいけるとは知らなかった。
しかし発見したのが自分で良かった。
隊の飲み会なら副長や局長が目を配っている(目を光らせている)から心配ないが、一人で可愛らしく酔っている所を見られたら、どうなってしまうのか。
先日沖田がこっそり行って副長に怒られたという立ち飲み屋でも色々あったようであるし。
これは後日そこへ行った隊士が親父から聞いた情報によるものだった。酔った沖田はなんだかモテていたらしく、そこへ般若のごとき副長が現れて連れて帰ったらしい。周りの客は当然ドン引きで、その日はしばらく店全体がどんよりしていたということだ。副長のせいで。
それ以来、しばらく沖田は外出を控えている。
我慢して部屋で飲んでいるのだとすれば、沖田には存外に従順な所があるということになる。
・・・その背景に副長の影を感じてちょっと嫌な気分になった山崎だが、大人しく部屋で飲み、足りなくなったからと台所でみりんを拝借している沖田を目の前にすると、なんだか涙が出そうになった。
沖田の可愛らしいさまを今自分は独り占めしている。
酔って可愛いだけじゃなく、従順に飲んだら結局みりんになったという、この奇跡のような愛らしいさまを。
「沖田さん、部屋に帰りましょう。それ持って行っていいですから」
「ほんと?くれるの山崎?」
山崎の言葉に目を輝かせる沖田。
なんかその辺の空気も一緒に輝いたような気もした。
「あげます沖田さんに。皆には内緒ですよ」
このみりんは山崎のでは勿論ないが、酔っている沖田がそう言うのでそういうことにしておいた。
「うん。もらう。黙っとく」
にっこり笑って立ち上がり、みりんの瓶を大事そうにギュッと抱く。
「さ、部屋、帰りますよ」
「ん」
「行きましょう沖田さん」
沖田の使っていたコップを持ってやり、もう一方の手で沖田の背中を優しく押してやった。
みりんのことは誰にも言うまい。
他の隊士にも局長にも、勿論副長にも。
足取りは怪しくもあったが楽しそうにニコニコ歩く沖田の隣で、山崎は今宵の幸せを神に感謝した。
20070617 itsukiyo
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