初夏の訪れを間近に感じさせる、そんな午後だった。
古びた道場の庭に爽やかな風が吹く。
生い茂った木々の新緑も目に鮮やかで、空はすっきりと晴れ渡っていた。
「あー」
土方は大きく背伸びをし、いい天気だ、と続けようとしてやめた。
近くに気配を感じたからだ。
稽古で一汗流し、縁側で一息ついていた土方の隣に、ちょこんと座る小さな生き物。
「総悟、なんだよお前、そのなりは」
見ると総悟は着物の裾を帯に挟んで、足をむき出しにしていた。妙に足やら着物やら濡れている。蜂蜜の色をした髪の毛にも派手に水滴がついていた。
「だって、暑かったんでさァ」
午前中の稽古が終わると、袴をさっさと脱ぎ、裾をからげて水遊びをしていたらしい。
確かに日差しが強く、日向にいると汗ばむ陽気ではあった。稽古に真面目に励んでいた総悟が暑さを訴えると、どこまでも総悟に甘い近藤がたらいを出して水
を張ってやったのだった。ひとしきり遊んで疲れ、そのままの格好で一休みしに来たのだろう。
「ちゃんと拭けやコラ」
「言われなくても拭きまさァ・・・」
そう言いつつ、眠くなったのか目蓋が重そうな様子を見せる。
「オイ、拭いてから寝ろ」
「ん・・・」
「総悟」
「・・・」
眠ってしまった総悟がもたれかかってくる。もう呼んでも返事はない。
土方は溜息をつくと、総悟の頭を自分の膝に乗せてやった。首に掛けていた手ぬぐいを取り、髪の毛を拭いてやる。
ごしごしやられても起きないのを確認すると、今度は足も拭いてやった。
子どもの柔らかい足は、けれども少しずつ成長しているようで、気が付けばしなやかに伸びていく。出会った頃より確実に、大きくなっていく子ども。
始めは遠巻きに敵意の眼差しを送ってくるばかりだったが、少しずつ距離を縮めてくるようになった。可愛くないことばかり口にするくせに、たまにこうして無闇にくっついてくる。
「・・・なんだかなあ」
そんな時、確かに感じるこの満たされる思いは何なのだろうか。
膝の上の温かな重みが、特別なもののように感じられてならなかった。
土方は、口を半開きにしてすうすう寝息を立てている子どもの裾を直してやり、ひと心地つく。なんだかんだと世話を焼くのも慣れてきた。
乱れ放題の髪の毛を梳くと、幼い睫がわずかに揺れたが、依然として起きる気配はない。
ふと総悟の手のひらに目を遣る。
木刀を握る手には、いくつもまめができていた。子どもの一途さが現れているようなその手に、触れてみようとしたその時。
「え」
眠ったまま、総悟の手のひらが土方の指をぎゅっと握ってきた。
「オイ、総悟」
引こうとしたが、総悟の温い手のひらは土方を離そうとしない。
満足しきった顔で、穏やかに眠る総悟。
「まじでか・・・」
子どもを起こすのも憚られるので、そのままでいようと諦める。
諦めたふりをしながら、その実、土方の心の内は。
そのまま、青い空を振り仰ぐ。
燕がいくつか屋根を横切っていった。
瑞々しい風に頬を撫でられながら、土方はもうしばらく子どもの眠りが続くことを願った。
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